紀平の優勝を各国のメディアが絶賛

 フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ最終戦、グランプリ・ファイナルの女子フリーが日本時間の9日にバンクーバー(カナダ)行われ、紀平梨花(16)が金メダルに輝きました。

 ショートプログラムとフリーで共に1位の完全優勝で、平昌オリンピックの同競技で金メダルを獲得したロシアのアリーナ・ザギトワ(16)は共に2位で優勝を逃しました。

 「スポルトエクスプレス(ロシアのスポーツ紙)」はショートプログラムでトップに立った紀平のプログラムを「信じられないほど複雑」と表し、「実行できれば他の選手にはチャンスがない、3回転半(トリプルアクセル)は全てを打ち負かす」と絶賛。同時に「まだ競技は終わっていない」としてフリーでの逆転を期待していましたが、結果は紀平の勝利。結果を受けて同誌は「ザギトワが王位を失った」「技術点で優位に立ち、構成点でもザギトワと互角」と紀平の強さを認めました。

 開催地カナダの公共放送は電子版で紀平の勝利を伝え、「同い年で平昌オリンピックの金メダリスト、ザギトワを押しのけた」としています。

 国際スケート連盟(ISU)も公式サイトで同日、シニアでビューしたばかりでグランプリシリーズも初出場の16歳が優勝したことを「嵐を吹かせて優勝した」と表現。ISUも世界各地のメディアも、新しいスターの誕生を伝えています。

村田陣営、指名試合を拒否

 プロボクシングのWBA世界ミドル級チャンプオン村田諒太(32)が所属する帝拳ジムは、WBAの指名試合を拒否する考えを表明しました。

 WBAは村田諒太の次の対戦相手として同級2位のロブ・ブラント(アメリカ)を指名しましたが、両陣営による交渉が行われず、WBAが興行権の入札を行いブラント側が落札しました。

 しかし、元々帝拳ジムは次の対戦相手としてWBC同級4位、アイルランドのジェーソン・クイグリーを希望していました。帝拳ジムの本田会長は、ブラントの国際的な評価の低さと、通常チャンピオンが70%で挑戦者が30%のファイトマネー配分が50%ずつになっていることを対戦拒否の理由としています。

 しかしそれ以上に、帝拳ジムは次の防衛に成功した後の3回目の防衛戦の相手として、9月にラスベガスで戦う同級のWBAとWBC統一世界チャンピオンのゲンナジー・ゴロフキン(36)と元2階級制覇チャンピオンのサウル・アルバレス(27)の勝者を予定。ビッグネームとの対戦を実現するためにも、より評価の高い相手と防衛戦をしたい思惑があります。

 勿論指名試合を拒否すればペナルティがあり、最悪の場合タイトルを剥奪されることもあります。実際にジョージ・フォアマンや日本の輪島功一も指名試合を拒否してタイトルを剥奪されました。

川崎フロンターレ、悲願の初優勝

 J1リーグ最終節の2日、等々力スタジアムで行われた川崎フロンターレ対大宮アルディージャは、5―0で川崎が快勝。鹿島アントラーズに得失点差で上回り、逆転優勝を飾りました。

 鹿島アントラーズはジュビロ磐田と0―0で引き分けた事で、勝ち点72で並び、得失点差で17点上回りました。

 川崎フロンターレは1955年に誕生した富士通サッカー部がその前身です。Jリーグ準会員となった1997年に、チーム名を現在の川崎フロンターレとしました。以来21年目にして、J1初タイトルの獲得です。

 とにかく川崎はこれまで何度も優勝の一歩手前まで行きながら、準優勝に終わっています。J13大タイトルのJ1リーグ、天皇杯、ルヴァン杯で準優勝に終わること実に8回。シルバーコレクターと言う不名誉な二つ名が定着したほどです。

 しかし、首位を走る鹿島アントラーズを勝ち点差2で迎えた最終節、J2降格が決まっている大宮アルディージャを5-0の大差で降す会心の勝利。一方の鹿島アントラーズはジュビロ磐田を相手にスコアレスドローに終わり、その結果川崎と鹿島が勝ち点72で並び、得失点差で17上回る川崎が優勝を決めました。

日本勢表彰台逃す

 日本時間の3日、アメリカのボストンでフィギュアスケートの世界選手権女子フリースケーティングが行われ、エフゲーニャ・メドベデワ(ロシア)が優勝しました。

 日本勢は宮原知子(関西大中・高スケート部)が合計210.61点で5位に入ったのが最高で、浅田真央(中京大)は合計200.30点で7位、本郷理華(邦和スポーツランド)は合計199.15点で8位に終わり、3選手とも表彰台を逃しました。

 日本勢はショートプログラムでの出遅れが響きました。浅田真央は、冒頭のトリプルアクセルに失敗して9位。宮原知子も回転不足の判定を受ける等して6位、本郷理華は7位と出遅れ、フリーでも取り返せず。

 ショートプログラムが終わった時点では、来年行われる世界選手権の出場枠3を獲得出来るかが危ぶまれていたほどでしたが、宮原と浅田の上位2選手による合計順位が「12」となったため、3枠をかろうじて確保できました。

 出場枠3の確保は出来たものの、表彰台を逃した日本勢。平昌オリンピックまで時間がありませんが、大丈夫でしょうか?。

マルティネス、現役時代に故意死球?

ボストン・レッドソックスなどで通算219勝を挙げ、今年1月にアメリカ野球殿堂入りを果たしたペドロ・マルティネス氏(43)が、5日に出版予定となっているボストンの野球記者との共著「ペドロ」の中で、自身が現役時代に与えた死球についての秘密を明かしました。

ペドロ・マルティネスは1988年にロサンゼルス・ドジャースでメジャーデビュー。以降モントリール・エクスポズ、ボストン・レッドソックス、ニューヨーク・メッツ、フィラデルフィア・フィリーズと渡り歩きました。身長180センチで体重も88キロ(現役当時)とメジャーリーガーとしては小柄で細身ながら、打者の懐を厳しく攻める強気な投球でその体格のハンデを補いメジャー18年間でサイ・ヤング賞を3回授賞するなど活躍、通算219勝を挙げました。

同時に、マルティネス氏はメジャー通算18年で死球141個と、年間平均約8個の死球を与えています。この死球についてマルティネス氏は同僚の投手に対し「自分の与える死球の90パーセントは意図的なものだ」と、故意死球を匂わせるエピソードが本の中で紹介されています。

ある年のヤンキースとの連戦最後に先発したマルティネス氏が、その2日前の試合でチームメートがロジャー・クレメンスから死球を受けに対する報復としてソリアーノとジーターを立て続けに病院送りにしたエピソードの中で語れている内容ですが、どう見てもマルティネスと言う選手の価値を傷付けるもの。よく、自著の中で明らかにしたものです。